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REQUIEM館

第35話:最初で最後の約束

アビッサル内部に突入して30分が経過していた。
リオは扉の前に立っていた。
これから戦う相手が誰なのか全く予想がつかない。
しかし下がるわけにはいかない。
ゆっくりと扉を開け室内に入る。
「ほお、おれの相手は貴様か」
部屋の最奥で漆黒の髪の男が玉座と思わしき椅子に座っていた。
「ただの小娘というわけでもないようだな。内に秘める力がここまで伝わってくるぞ」
男は面白そうにリオを見下ろした。
「漆黒・・・、あなたがここにいるということはベル兄さんとは闘っていないわけね」
リオは部屋の中央で止まり漆黒を見上げた。
「そうだな、あいつとは今までのケリをつけたかったがそれはもう無理なようだ」
漆黒は遠い目をしてリオの入ってきた扉を見ていた。
「まぁよい、俺には俺の仕事がある。小娘よ全力でくるがいい」
漆黒は剣を抜いてリオに突きつけた。
「私のことはもう覚えてないのね」
リオは悲しそうな顔で漆黒を見た。
「忘れてはいないぞ、かつて鳳凰の民と呼ばれ象徴たる火の番人の娘。そして俺の妹でもあるな」
漆黒は淡々話を進めた。
「しかし、今の俺は漆黒だ。過去の関係等もう捨ててしまった!」
漆黒は強く言い切りリオを見た。その目には怒気、殺気といった負の感情しか見えなかった。
リオの瞳から感情が消えた。冷徹な狩人の目へと変わったのだ。
「そうですか、それならばここで貴方を倒して前へ進むまでです」
リオは小太刀を抜いて構える。
リオの小太刀を見て漆黒の表情が変わる。
「お前その刀どこで手にした」
憎しみにも似た感情でリオをにらみつけた。
あまりの予想外の質問にリオは少しだけ戸惑いを見せたが、すぐに冷静を取り戻した。
「あなたが一番知っている人から譲り受けたわ」
リオは漆黒の反応を試すようにわざと挑発した。
「やはり疾風あいつか。ことごとく俺の邪魔をしてくれる」
漆黒がフリューベルのことを忌々しげに吐くと周囲の温度が一気に下がった。
「だが好都合。あいつから奪うよりも楽になった。その刀貰いうける」
漆黒は鞘から剣を抜きだすと正眼に構えた。
剣は黒く染まっており一般の物とは段違いの存在感すら漂わせていた。
リオはその剣を知っている。
「宝剣黒耀剣」
リオの声に漆黒は口元を吊り上げた。
「正解だ。この世に神が授けたと言われる剣が数本あるがその一振りがこれだ」
この世界には未だに解明されていない謎がある。
それはとーるのような特殊な力を宿す物や、剣自体に意思があり認められた物しか扱えない物がある。
これらの全てを一括りにして異能者と呼ぶ。
しかし異能者といえど大半が大して力も使えないものがほとんどだ。
だがそんな中でナナリ、とーる、フリューベルの3人は別格であった。

そしてこの目の前にいる男、漆黒も例外に漏れず強力な力を持っている。
黒耀剣、リオの一族に伝承されていた。宝剣で初代の長以降誰も扱えなかった剣。
漆黒はその剣に認められた男。フリューベルと同クラスと認知して間違いないであろう。
「おしゃべりもここまでにして行くぞ」
漆黒は前に一歩踏み込むと強烈な速度で間合いを詰めてきた。
その速度、とーるの縮地とほぼ同速であった。
「!」
リオは漆黒の横払いに振ってきた剣を屈むことで避けた。
リオの髪が数本切れた。リオは瞬時に小太刀を下から振り上げ漆黒の脇を狙った。
漆黒の体は剣を振った反動で防ぎようがなかった。
しかし
「甘いな」
漆黒はリオの小太刀を剣の鞘を前に出すことで防いだ。
そのまま容赦なくリオを蹴り飛ばした。
「うっ」
呻き声をあげながらも地面に手をつき体を捻ることで体制を整えた。
漆黒はリオが立ち上がるのを見てもう一度踏み込んできた。
しかしその踏み込みは先ほどの踏み込みよりも速度を増していた。
リオは左手に持った小太刀で剣を防ぎ右手の小太刀で漆黒の剣を持つ手を狙った。
だが漆黒もその行動を予想しておりすかさず剣を引き足技で対応してきた。
リオはこれを同じく足で防いだ。
状態は五分のように見えるが実際はリオがかなり追い込まれていた。
実際小太刀のため小回りが利くリオが有利なのだが漆黒の攻撃は変化が多く的を絞りにくいのだ。
そのため下手に手を出すとカウンターから一瞬で勝負がついてしまう。
しかし、こちらはカウンターを放とうにもあまりにも変則的に攻められるため付け込めなかった。
「中々しぶとい」
漆黒は舌打ちをしつつ剣を振り上げた。
「っ」
リオはこれを二本の小太刀を振り下ろして迎撃する。
不利な状況でありつつもリオは漆黒の変則的な動きに慣れてきていた。
彼女の恐るべき点は戦いの最中に相手の動きを読み切ることにある。
その観察力は他の6人とは比べ物にならなかった。
以前フリューベルとリオが衝突した戦いがあったが、そもそも彼女は彼の動きを見きっていた。
それは彼をずっと観察してきた結果にあった。
例え差があっても対処の仕方はいくらでもある。だがそれを導き出すことができるかはほとんどその人のセンスによるものであった。
そういった意味でリオは長期戦の申し子と言っても過言でないだろう。
漆黒も感づいていた。僅かではあるが、リオの攻めが鋭くなっていた。
しかし漆黒は焦る所か、笑っていた。
二人の攻防は一進一退であった。お互いに傷をつけることはできないが傷つけられることもないまるで演武でも演じているようであった。
しかしずっと続くかと思われた攻防はリオの一撃によって変わった。
リオの小太刀が漆黒の腕をわずかではあるが斬り付けた。

リオは一度距離を離すと大きく息を吐いた。
この時点でリオは漆黒を僅かではあるが上回ることができた。
しかしリオは厳しい表情を変えなかった。
それは漆黒が本当の力を未だに見せていないからだ。

漆黒はわずかに斬られた腕を見た。
「ふふふ、面白い。まさかここまで成長しているとは、いいぞ。俺は待っていたこの瞬間を」
漆黒は剣を正眼に構えて左手を刀身に触れた。
「お前は強い、疾風以外にこれを見せるのは初めてだ。光栄に思うがいい」
漆黒は刃先で指を僅かに切り血を刀身に流した。
直後異常なまでに黒い炎が剣を覆った。
「これが本当の姿だ。言っとくが普通に受け止めると火傷では済まないぞ」
漆黒は剣を振り下ろすと剣に纏っていた炎が一直線に飛んでいった。
狙う先にはリオがいる。リオは横に避けてかわす。
「まぁ今のはお披露目だな。次からは本気で行くぞ」
漆黒は剣を振り上げると一気に振り下ろした。振り下ろすタイミングで黒炎が吹き出し先ほどと同じようにリオに向かって飛んで行った。ここまでなら先ほどと変わりないが、漆黒がそのような甘いことをするわけがなかった。
振り下ろすと同時に一気に飛び込んできたのだ。
「うぉぉぉーーーー」
リオは漆黒が間合いに入ると同時に左に飛んだ。炎自体はこれで避けれるが漆黒の突撃はこのままだと直撃コースであった。
「さぁお前ならどうする」
漆黒は試していた。この程度で倒れるほどリオは甘くないと分かっている。
ゆえに彼女がどう対応してくるか試していたのだ。
「炎が貴方の専売特許だと思われるのも嫌だし。私にもプライドがあるわ」
リオは小太刀を鞘におさめると、瞬時に上空にむかって引き抜いた。
ほぼ同時に小太刀の軌跡を追うかのように炎の壁がリオの正面に現れた。
「それがお前の証か」
漆黒は炎の壁に黒炎を纏った剣を叩きつけた。
炎の壁は数秒だけ黒炎と衝突しあうとあっさりと消えてしまった。漆黒はそのままリオを斬りつけようとしたが目の前の状況を見て横に跳んだ。
やや遅れて漆黒がいた場所を何かが駆け抜けた。
「高圧縮された炎か、着弾と同時にああなるのか」
漆黒は感心しているようでリオを褒めた。
だがそれは漆黒が今の一撃に余裕を持っていることを証明していた。
「だが、その程度の炎で俺を消し去れると思うな」
漆黒は再び剣よりを炎を発生させリオを攻め立てた。
しかし、リオも動きになれてきたようで動きにキレが戻ってきていた。
リオは漆黒の攻めに対し僅かではあるがカウンターを狙う。
漆黒はすべてのカウンターを黒耀剣で弾く。
リオは勢いに乗せてそのまま斬りかかる。
だが、漆黒はこのタイミングを待っていた。
「若い」
つぶやきと共にリオの足下から火柱が立った。
「あぁぁぁぁぁ」
リオは悲鳴を上げて地面に膝をついた。
リオの全身から力が抜けていく。漆黒の炎は対象者をただ燃やすだけでなく生命力を奪う力も持っていた。
「やはり耐性があったか。だが結果は変わらんぞ」
漆黒は黒炎を纏った剣を振りかぶると一気に振り下ろした。
動くことのできないリオに炎が直撃する。
「うぁぁぁぁ」
黒炎がリオの体に纏わりつき生命力を奪っていく。
炎が消え、その中にリオが倒れているのが見える。
「ふん、まだ生きているか。とはいえもう虫の息か。次で最後だ」
先ほどと同じく漆黒が剣を振り上げる。
リオは力ない目で漆黒を見ていた。
(ベル兄さん、皆ごめんもうだめみたい)
リオは目を瞑り最後の瞬間を待った。
己の力の無さを悔いていた。しかしどんだけ悔もうと今の状況が変わるわけことはなかった。
『こんなところであきらめるのか!立て』
リオの頭に直接声が響いた。
「終わりだ」
漆黒は剣を振り下ろした。纏っていた炎が一直線にリオを襲ってくる。
『心を無にして、前を見ろ。立ち向かうんだ。お前の中に眠る猛る炎を解放しろ』
(心を無に・・・猛る炎・・・)
リオの頭の中でその存在が明確に映し出された。
『お前は我と龍(ロン)が認める最初で最後の主だ』
声が止むとリオの視界が一瞬で開けた。前には黒き炎が向かってきていた。
そしてその奥には漆黒が見下したようにこちらを見ていた。
(私はまだ・・・やれる)
黒炎がリオに当たり火柱を立ち上げる。
「むっ」
漆黒は黒炎が異常なまでに上げる火柱に気づいた。
「なんだと」
よく見ると火柱の中央でリオが立ち上がっているのが見えた。
「・・・オーバードライブ」
リオは小さな声で呟き小太刀を横に払った。同時に黒炎が消滅し変りに紅蓮の炎がリオを中心に巻き上がる。
「ちっ、一番厄介なことになりやがった」
漆黒はリオではなくリオが持っている小太刀に視線を向けた。
小太刀はまるでリオの炎に共鳴するかのように紅く染まっていた。
「双刀紅蓮、黒耀剣と同じく宝剣の一つ」
漆黒は忌々しげに見ていた。
リオは知らない、かつてフリューベルが漆黒と対峙した時に一度だけフリューベルがその剣を使ったことがある。この時、漆黒は黒耀剣を使っていなかった。
結果はフリューベルと漆黒の両方が大怪我をすることになる。フリューベルがその持ち主として認められていなかった為お互い一命を取り留めたがその威力は絶大であった。
そして現在、双刀は主を見つけた。
炎を象徴し炎を扱うリオを受け入れた今その力は極限の領域にたどりついていた。
そしてこの時リオのもう一つの本性が表にあらわれていた。
「面白い、これは挑戦とみた。全力でこい」
漆黒は黒炎を纏う。
二人はほぼ同時に剣を振りだした。
衝突と同時に行き場を失った炎が2人の囲むように走り回る。
二人は止まらず動き続ける。
一撃でも当たれば勝負が決まる。それほどの高熱が室内を覆っていた。
一般人がこの場にいればそれだけで焼け死んでいたであろう。
リオは先ほどまでとは違い漆黒の剣に小太刀を力技でねじ伏せた。
漆黒は弾かれた直後反動で回し蹴りを繰り出してきた。
リオはこれを当たる直前で後ろに飛びダメージを軽減させる。
漆黒は態勢を立て直すとそのまま一気にリオの前へ走る。
リオは着地の直後で少しだけ動きに遅れが生じていた。漆黒はこのタイミングを逃さなかった。
漆黒はリオに追いつくと一気に剣を振り下ろした。
「はぁぁぁぁーーーーーー」
瞬間右足に全体重を載せ一気に踏み込みながら小太刀の剣先を黒耀剣にぶつけた。
踏み込みに縮地の突進力を乗せた強烈な一撃に漆黒は後ろに吹き飛ばされた。
リオが初めてフリューベルと戦った時に見せた技であった。
この土壇場でリオはフリューベルの技を自分のものにしたのだ。

「調子に乗るなよ小娘がーー」
漆黒の激昂に反応し今まで以上の黒炎が剣を覆う。
「これで消え去れ、黒死弾」
無数の黒炎が弾丸に変わり一気に襲いかかる。
「紅蓮招来、煉獄爆砕」
リオは小太刀を地面に突き刺すと、突き刺した場所から亀裂が走った。
黒炎弾がリオに到達する直前に炎の壁が飛び出した。
リオが最初に見せた炎の壁よりも分厚い壁が黒炎弾を消滅させた。
「双炎烈波」
炎の壁越しに気合いの籠った声が響く。
同時に炎の壁が二つに割れる。
その中から全身に炎を纏ったリオがとびだしてきた。
「うおおおらああああ」
漆黒はリオに向かって黒耀剣を全力で叩きおろした。
リオの小太刀と接触し力押しの勝負になる。
力押しとなると漆黒の方が有利であると考えていたがこの時点で漆黒は間違いに気づいた。
(押されてるだと)
リオが少しずつであるが前に踏み込んできた。
「なめんなーーー」

漆黒の怒号と共に黒炎が荒れ狂う。
「くっ」
リオも危険と感じ後ろに下がった。
「まさか戦いの中で俺を追い抜いていくとは思わなかったぞ」
漆黒は肩で息をしながらリオを見た。漆黒は自分で扱える範囲を超えて黒炎を呼び出していた。
すなわち漆黒の血を大量に消費しているのだ。
「これ以上、炎を呼ぶと死ぬわよ。それでいいの?」
リオの言葉に漆黒は笑っていた。
「元よりそのつもりだ。お前はここで俺の命と共に倒れてもらう」
漆黒の体が黒く染まる。
リオは厳しい表情で漆黒を見た。
漆黒の炎と同じだけの炎を今の彼女のままでは出せないのである。
(でも一つだけ方法がある)
リオは目を瞑りある人物を浮かべた。
(ごめんなさい)
リオの中で一つの決意が生まれた。それは彼女の限界を超えた力を与えることになった。
「ふっ、そうか。覚悟は決まったようだな」
漆黒の顔に初めて負以外の感情が表れていた。
漆黒は今までと違い天の構えをとった。
リオは腰を落とし2本の小太刀を斜め下に構える。左肩を正面に向け右の小太刀を死角に置く。

「これで終わりだーーーー」
漆黒の声と共に2人は飛び出す。
二人の全身を炎が包み込むその姿はあたかも隕石の落下を思わせた。
二人が衝突した時、今までとは比にならない勢いで炎が室内を暴れまわった。
その衝撃によって床はめくれあがり壁も削られていた。
そして炎が晴れた時リオの背後から漆黒が全力で剣を振り下ろしてた。
剣はそのままリオを斬り裂き、リオの背中から血が噴き出した。
リオは声を出すことができず床に倒れた。
「はぁはぁ!僅かに俺の方が早かったか。紙一重の差とは正にこのことか」
漆黒は肩で息をしながら倒れているリオを見た。傷はどうみても深く、致命傷でまず助からないであろう。
「今楽にしてやる」
漆黒は黒炎を纏った剣をリオに向ける。
漆黒の目の前でリオの体が燃えた。しかしそれは漆黒の黒炎ではなかった。
「ちっ、陽炎か」
そう、漆黒が斬った相手はリオではなくリオが作り出した陽炎であった。
そして漆黒が気付いた直後、強烈な熱が漆黒の背後に現れた。
漆黒は後ろを向くと驚愕した。
「馬鹿な、黄金の炎だと」
そうリオの全身を覆う炎が今までとは全く違っていた。それは見る者を魅了させてしまう程の美しさを誇っていた。
漆黒は残っているありったけの力を解放し黒炎を纏う。
リオは無言で小太刀を構える。リオの目は全ての背景を遮断していた。見るのはただ一点、敵である漆黒だけを見ていた。
黄金の炎、それは破壊と再生そして繁栄を象徴する炎として古きより語り継がれていた。
リオの一族すなわち鳳凰の民では過去の伝承より初代長がその力によって一族を繁栄に導いたと伝えられている。だがそれ以降だれ一人とて扱うことのできなかった。
故にその力は未知数。
リオは神速の縮地で漆黒に向かって飛び出す。漆黒も同じタイミングで飛び出す。
しかし既に先の一撃に全力をかけていた漆黒にはリオの力を受け止めるだけの力がなかった。
紅蓮と黒耀剣が衝突したとき黒耀剣は衝撃に耐えきれず折れてしまった。
漆黒も分かり切っていたのか残る片方の小太刀が自分に向かって来るのを見て笑っていた。
「紅蓮天衝」
黄金の炎を纏った双刀紅蓮が漆黒の体を十字に斬り付けた。
黄金の炎は黒炎を飲み込み漆黒をも飲み込んだ。
「うぉぉぉぉぉ」
漆黒の悲鳴が炎の中から聞こえた。しかし無情にも炎は漆黒を焼き続けた。
炎が消え漆黒が床に倒れているのが見えた。
「見事だ」
漆黒は薄笑いを浮かべリオを見る。
「一族の悲願であった黄金の炎、黒炎とは格が違うか」
リオは漆黒を見下ろし、小太刀を突きつけた。
「貴方は何故、私たちを・・・いいえ、私を除く一族全てを殺したのか教えなさい」
漆黒はリオの言葉に目を瞑りながら答えた。
「今から10年前、当時俺は鳳凰の次期長として日々修行に明け暮れていた」
漆黒は懐かしそうな表情をしていた。
「俺には一人の妹がいた。その子も炎の才があり他の者達も彼女の才能を認めていた。本当なら次期長である俺の右腕になれたと今でも思う。だが不幸にもそれは一族の掟が許さなかったのだ」
漆黒の表情が怒りのものへと変化する。
「一族の長になる者は兄弟の血縁関係を断ち切る必要があったのだ。それは後に後継者争いなどを無くすためと言われ古くから続けられてきた」
リオは驚愕の顔で漆黒を見た。性質の悪い嘘にしか思えなかった。
しかし漆黒が嘘を言っているようには見えなかった。
「そして、俺も例外なくそのことを伝えられた。俺は猛反発した。だが個人の意見等、掟の前では何の役にも立たなかった。そして、ある時事件が起きた」
漆黒は閉じていた目を開きリオを真直ぐに見る。
「こともあろうか、俺たちの親がお前を暗殺しようとしたのだ」
リオはこれまでにないショックを打ち付けれた。
「俺は途中でそのことに気づき止めに入ったが奴らは遂に俺すらも殺そうとしてきた。その時俺の中である感情が芽生えた。それは憎悪と殺意だった」
漆黒は吐き捨てるように言い放つと天井を仰いだ。
「その後は私が知っている通りになるのね」
リオの言葉に漆黒は頷いた。
「ああ、俺はあの時に芽生えた感情と共に黒炎を操れるようになった。そして奴らを殺した後、宝物庫に封印されていた黒耀剣を使って一族全てを抹殺した」
リオは明らかに困惑していた。彼女の中では暴走した兄である漆黒が狂気にはしったのが原因と考えていたが、現実はそれ以上に厳しかった。
「お前もその光景を見たショックで倒れ目を覚まさなくなってしまった。途方に暮れた俺の前に現れたのがアビッサルであった。奴らは俺の力を求める代償としてお前の治療をすると言ってきた。
何もできない俺はその話に乗った。それから数年で俺はアビッサルの中でトップの戦闘集団に配置された。疾風とはその時に出会った」
リオはフリューベルの名前に少しだけ反応したが黙ったまま聞いていた。
「俺と疾風は事あるごとに対立していた。俺よりも年下であったにも関わらず俺と同等の強さを持っていた。だがあいつはその力を疎んでいた。それが腹立たしかった。それから更に数年が立つと疾風はアビッサルで大事件を起こした後忽然と姿を消した」
漆黒は淡々と話を進めながらもリオを見て理解できているか確認していた。
「結局それからかなりの時間がかかってもお前は起きることはなかった。だが、とある時期を境にお前が行方不明になったと伝えられた。俺は躍起になって多くの施設走り回った。そして、お前がいた施設で偶然にも侵入者であった疾風と遭遇した。その時あいつは特効薬らしき物を持っていた。後で調べて分かったが、それはお前の為に用意されていた物だった」
その時期を境にリオの記憶も少しずつ戻ってきた。故にその話に間違いはないようだ。
「それからはお前の知っている、いや見てきたことが真実だ。・・・ガハッ」
漆黒は話し終えるとほぼ同時に血を吐きだした。
「ははっ、どうやらここまでか。最後に妹の顔が見れただけ悪くはないか」
漆黒の体が燃え始めた。
「つっ、この大馬鹿兄貴が。なによそれ今まで私が恨んできたこと全てが意味無かったってことになるのよ。戦場で何度か会ったのに何で言わなかったのよ」
リオは叫ぶように声を上げた。今まで両親を殺したことに恨みを持って生きてきたが。
本当の恨むべき相手は違ったのだ。漆黒は全てを捨ててリオを守ってきたのだ。感謝こそしても恨む相手ではなかったのだ。
「仕方ない。事実俺がやったことは許されることでないしそれを他の奴に話す気もなかった。それにお前はあいつと一緒にいる方が良い。あいつにならお前を安心して任すことができる」
漆黒の体が少しずつ塵になって消えていく。
「最後にお前に頼みがあるんだが聞いてくれるか」
漆黒の言葉にリオは涙を流しながらうなずいた。
「俺のことを兄と呼んでくれないか」
既に体の半分が塵となっていた。後十数秒ともたないだろう。
リオは腕で目をこすると漆黒を見た。
「今までありがとうお兄ちゃん」
リオは今できる限りの笑顔を見せた。
漆黒はそれを見て満足そうな顔をした。
「すまないな、こんな・・・兄・・貴・・・・・で。お前・・・は強く生きて・・・くれ。そして・・・」
漆黒の言葉が途切れ途切れで伝わってくる。リオは歯を食いしばって泣くのを堪えていた。
「し・あ・・・わ・・・・・・せ・・・を・・・て・に・・し・てく・・・・れ」
漆黒は最後まで笑顔を浮かべそして消えていった。


今、この場にいるのはリオだけであった。
涙を腕で拭うと漆黒がいた場所を一度だけみて背を向けた。
「さようならお兄ちゃん」
リオは部屋を出て行く時そっと別れの言葉を呟いた。その一言に色々な思いが詰まっていた。
だがそれに答える者は誰一人いなかった。
リオは前を見て走った。最後に漆黒が残した約束をリオは忘れることはなかった。

黄金の炎、それは破壊と再生の象徴。
後に、「秩序の炎帝」と呼ばれる彼女の炎は気高く美しかったと伝えられる。
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